大雪山系がそびえ立つ北海道上川郡上川町。国立公園に一歩踏み込めば、空との距離がこんなにも近かったのだと気づかされます。2017年、大自然に恵まれた町に新しい日本酒の酒造会社 「上川大雪酒造」が誕生しました。社長の塚原敏夫さんは元証券マン。日本酒の製造を中止していた三重県の酒蔵をこの地に移転させ、「緑丘蔵(りょっきゅうぐら)」と名付けました。2020年5月には国内初の大学構内の酒蔵として帯広畜産大学に「碧雲蔵(へきうんぐら)」を創設。令和2年度札幌国税局新酒鑑評会では、両蔵の出品酒が金賞を受賞しました。特に、緑丘蔵で造られた「上川大雪」は3度目の受賞です。「上川大雪」、碧雲蔵の「十勝」それぞれに共通項がありながら、水の違いからうまれる異なる飲みごたえ。土地の息吹が感じられます。今回は総杜氏を務める川端慎治さんにお話を伺いました。
Q. 川端さんが上川大雪酒造の一員になったきっかけは社長直々の依頼だったそうですね。酒蔵を1から立ち上げることについて、どんな印象を持っていましたか?また、当時の困難についてもお聞かせください。
「最初は何言ってんだろう、この人」という印象でした。酒蔵は現代の制度では、容易に創設することができないものです。新設のための免許取得には国の規制も多い。夢みたいな話だなと思っていました。でも、社長と2回目に会って話を聞くと、実現するステップが踏めていると確信したんです。また、規模が小さく地域密着型の蔵には以前から興味を持っていました。若い時から、小さな酒蔵を造るためのイメージを思い描いていたんです。小さな酒蔵だからこそ自分たちの手で丁寧な酒造りができると。
蔵の設計から考えるという何もない状態からのスタートや、何を作り出すのか、どんなものをどこに売っていくのかも白紙の状態で本当に大変だなと思いましたね。
Q. 上川大雪酒造さんが取り組んでいることの1つに「地方創生」があることをお伺いしました。これは最初から念頭に置かれていたものですか?また、地元の人々の反応も気になります。
最初に酒蔵を造る時に、「いかに低コストで創設することができるのかという点をモデルケースでやっていこう」と考えていたことがきっかけです。そのために地域とどのように関わっていくのかと意識した結果、地方創生に繋がるようになりました。
私たちが「地方創生蔵」と呼ばれるにつれて、改めて感じたことがあります。それは「酒蔵を核とした地方創生」を目指しているということ。
昔の酒蔵というのは学校や橋、貯水池などの生活インフラを整備することで地域と関わっていたんです。人々は酒蔵があるからこそ、その地に集まっていたんですね。
碧雲蔵を創設した時には、地元の人々からは大学側が酒蔵を建てたと思われていたほどだったんです。実際は私たちが土地を借りているだけなんですけどね。「畜大酒蔵」とまで呼んでくださっている人々いることも知り、地域に大きなインパクトが与えられたのではないかと思っています。また、今では蔵への視察が増え、年間100件以上にもなりました。酒蔵をきっかけに町全体に活気がもたらされています。まさに好循環ですね。
Q. 碧雲蔵の創設は産学連携事業の一環だそうですね。学生の様子や客員教授でもある川端さんの目標について伺います。
碧雲蔵では、学生が最初から醪1本仕込む工程の全てに携わってオリジナル酒を造っています。学生には実習として蔵を見学してもらうこともあります。実際に麹の甘さや酒蔵の匂いに触れることで、今までにない気づきを得ている学生が多いように感じます。現在は大学構内でのみ販売する品の検討や酒粕を牛の肥料にする授業を企画したりと、この環境を活かしながら新しいものを生み出しています。
目標は、机上だけではわからない発酵の面白さを伝えることです。発酵は日本の食文化の根幹をなすものです。その良さを伝えるためにも、「自分で経験する」ことの大切さを教えていきたいです。例えば、自分で微生物を育て発酵の仕組みを理解することなど。そこで得た経験を感覚として身に付けていってもらいたいですね。
Q. そば焼酎を新たに販売されたことを伺いました。これにはどんな経緯があったのでしょうか?
あまり知られていない話なんですが、北海道は日本の蕎麦の約40%を生産する「そばの生産地」でもあるんです。そのこともあり、上川町でも特産品の一つで他社に委託したそば焼酎が販売されていました。それを私たちが新たに依頼を受け、上川産のそば粉を使って製造しました。また、現在は池田町ブドウ酒研究所のブランデーに使っていた樽で熟成した米焼酎を出荷しています。リクエストがあったのと、夏に酒造りをしない間の製造物として米焼酎が適していたことから販売し始めました。
Q. 今後は酒蔵を函館にも展開されるそうですね。時期や内容について詳しくお聞かせください。
2021年11月には稼働し、年明けには出荷を見込んでいます。函館出身の若手社員1名を連れていき、3人ほどで仕込みをすることが決定しています。これも産学連携と同じ形式をとっているんです。今回は函館高専と手を組み、ラボの形式で展開します。私はそこの客員教授も務めることになっていまして、学生と一緒に酵母の開発に取り組んでいく予定です。酒蔵が新設されるということで、学生の酒蔵への就職の話も広がりつつあります。また、函館が他の地域と異なる利点は町内で酒米を作っていること。農家の方たちと一緒に新品種の開発にも携わっています。
地域のことを1番に考えた酒造りに取り組んでいるからこそ、地元の人々からの大きな信頼を得ている上川大雪酒造。川端さん曰く、「これからは地域密着型の企業が必要になってくると思う。昔ながらの酒蔵のあり方を継承していきたい」
上川大雪酒蔵の酒造りが今後どのような形で上川町や北海道全体を盛り上げていくのか、今から目が離せません!
【基本情報】
上川大雪酒蔵株式会社
・緑丘蔵
URL:https://kamikawa-taisetsu.co.jp/
・碧雲蔵
https://tokachi-taisetsu.co.jp/
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