東シナ海に面した鹿児島県日置市西部。日本三大砂丘 吹上浜からは空との境界線がわからいほど澄み切った海やオレンジ色の夕日を眺めることができます。文字にするだけで自然に恵まれていると感じるこの地には、1883年の創業から本格焼酎を柱とする小正醸造があります。日本で初めて樽熟成焼酎の製造に着手するという歴史を持ちながら、最近は洋酒への取り組みも盛んで、鹿児島のシンボル桜島で育った素材を活用したクラフトジンも製造されています。その1つ「KOMASA GIN 桜島小みかん」はスッキリとしたジンの味に加え蜜柑の甘さが漂う分かりやすい口どけ。今回は生産本部の枇榔(びろう)さんにお話を伺いました。
Q. 小正醸造は創業以来、米焼酎の製造に注力してきたとお伺いしました。それから2017年にはウイスキー設備を導入されたそうで、洋酒参入への経緯をお聞かせください。
小正醸造は明治16年に創業して以来、130年以上に渡り本格焼酎を造り続けてきました。半世紀以上の後に洋酒へ参入するきっかけをつくったとも言えるのが、2代目 小正嘉之助による挑戦です。終戦後間もない昭和20年代後半、安酒として飲まれていた焼酎の実状を憂いた嘉之助は世界の蒸留酒に目を向けます。蒸留後、樽に寝かせることで、より価値を高め美味しく飲まれるウイスキーやブランデーに倣い、樽に寝かせてみることにしました。この焼酎は昭和32年、樽熟成焼酎の先駆け「メローコヅル*」として発売され「メローコヅルの小正」と呼ばれる程に広く飲まれた時期もあったようです。 代を経て4代目 小正芳嗣は「メローコヅル」の海外展開を思い、地道な営業活動を続けていました。そんな折、ウイスキーの本場スコットランドのとある会社から評価を受け「メローコヅルを販売したい」との朗報が舞い込みました。実現へ向け現地との協議をスタートしましたが、喜びもつかの間、相手先からの「やはり認知度の低い“焼酎”では市場に理解してもらえない」との結論を以て破談になりました。 世界の蒸留酒と肩を並べるにはどうすればよいのか、と考え続けた芳嗣が至った答えは「当社が培ってきた焼酎の醸造・蒸留・貯蔵技術を活かして世界水準のウイスキーを造ろう」というものでした。焼酎の価値向上を目指した嘉之助の挑戦から60余年。祖父の想いと根底を同じくする挑戦は、動き始めたばかりです。
*1957年に発売した、日本で初めての長期樽熟成米焼酎。
Q. メローコヅルの貯蔵庫に「嘉之助蒸溜所」が建てられたそうですね。
嘉之助蒸溜所は鹿児島県の西岸、吹上浜に面した日置市日吉町にあります。もともとは2代目 嘉之助が、貯蔵庫や蒸留設備、ビジターセンターを配したメローコヅルのテーマパーク構想を描いていた土地だったことから、ウイスキー蒸溜所の創設にあたった4代目 芳嗣は、これに「嘉之助蒸溜所」と命名し、蒸留を開始しました。
Q. 焼酎造りからウイスキー造りへの挑戦で、難しさや違いを感じられた所はありますか。
また、日本らしさを出すために工夫していた点があれば教えていただきたいです。
焼酎とウイスキーは蒸留酒という部分では同じですが、全く異なるお酒であることを実感しました。製造開始当初は思うようにアルコール発酵を進めることが出来ず、もろみ*を造りアルコールを生成する、という極めて初期の段階で壁にぶつかることもありました。 嘉之助蒸溜所の設立にあたり、スコットランドの同規模蒸留所の見学・製造研修によってウイスキー造りの原理を学んだ際にも、焼酎とウイスキーの考え方の違いを感じましたね。一般的な焼酎は蒸留後1年程で出荷するため、特に原酒の個性には気を遣う部分が多いです。一方で、現地において「ウイスキーは熟成が8割」とも言われる程に樽の選定や熟成経過に特に気を遣われているところが印象的でした。ただ、日本のウイスキー造りは、熟成は当然ながら原酒造りの繊細さも等しく重視されているように思います。温暖な鹿児島の環境では熟成が早く進みますので、熟成経過の見極めもさらに重要になりそうです。
*お酒の基になる液体のこと。
Q. ウイスキーの他にジンも販売されていますね。これは洋酒参入にあたり最初から念頭に置かれていたものでしょうか?
ウイスキーに新規参入したメーカーの中には、製造開始後、最低貯蔵年数である3年までの間に、比較的短期間で製造可能なジンを出すことで、キャッシュフローを回していくこともあるようです。ただ、私たちには古くから焼酎造りを行なってきた日置蒸溜蔵がありましたので、こちらの設備と技術を活かし「GINを製造したい」という純粋な想いの下、参入しました。4代目は根っからの技術者で、「造りたいと思うものを造る」という姿勢を大切にしていることも大きく影響していますね。
Q. 桜島小みかんがふわっと香り本当に美味しいジンですね。特徴に出したかったポイントはどんなところでしょう?
この商品は米焼酎をベースとし、桜島の小みかんをメインボタニカルに使用しています。生の皮を用いるので、よりフレッシュでジャパニーズクラフトな部分が出ていると思います。もう一つの特徴はボタニカルが少ない点です。ボタニカルを3種類に絞ることで、メインである小みかんを感じてもらえるようにしました。米焼酎をベースとすることで、ボタニカルの魅力を上手く引き出してくれますし、米焼酎には柔らかさが感じられることから、後味もフワッと、ジンそのものにも優しい印象を与えてくれます。ジンを通して、鹿児島のさらなる魅力も知っていただきたいですね。
Q. その他の商品についても詳しくお聞かせください。
ほうじ茶と苺をそれぞれ使用したGINがあります。ほうじ茶は米焼酎をベースに地元日置市の茶葉を使用しました。鹿児島県はお茶処で、日置市もお茶の産地の一つです。もともとお茶農家の方との繋がりもあったことから製造を開始しました。お茶の中でもほうじ茶を選んだ理由はより香ばしさがあり、スモーキーな味わいに仕上げられると思ったからです。一方で苺もまた日置市の特産品の一つです。こちらは麦焼酎をベースにしたもの。米よりもクリアなタイプとなる麦焼酎を使用することで、キレの良い後味となり苺を際立たせてくれます。旬の時期に収穫・冷凍保管した良質な苺をまるっと実ごと漬け込んで蒸留します。KOMASAGINシリーズとしては多い8種類のボタニカル(苺・ラズベリー・ブルーベリー・ジュニパーベリー・バジル・ショウガ・ローズマリー・コリアンダー)を使用し、複雑性を持たせています。苺の甘味もありつつ、ハーブ類の青々しい一面も感じられる一品です。
Q. 洋酒への新しい取り組みが活発になる中で、小正醸造さんとしてのスタンスはどのようなものでしょうか?
やはり焼酎を手に取っていただきたいという想いも強いですね。製造のボリュームとしても焼酎が最も大きく、これからも屋台骨であることは変わらないと思いますので、主力の焼酎についても挑戦し続けています。市場のトレンドになっているフレーバー系に合わせて、昨年には小鶴 The Bananaを発売しました。また、去る9月にはマスカットの香りがする芋焼酎小鶴 The Muscatを販発売。焼酎の固定観念を超えた新たな酒質や飲み方を提案していきたいです。
枇榔さんに焼酎の可能性をお伺いすると、「一線を画したお酒として、バーの棚でも見かけられるようなものになると思います。1つの飲み方に拘ることなく違った切り口から飲み続けられる」と。 世界的に注目されるウイスキーやジンでも見せる確かな小正醸造の実力。それが最大限に発揮される焼酎でも新たなチャレンジに取り組む姿からは、凄まじいエネルギーが感じられました。
【基本情報】 小正醸造株式会社 URL:http://www.komasa.co.jp/
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